長きに渡り、お笑い界の一線を走り不動の地位を確立し、現在も尚活躍し続けている明石家さんま。
明石家さんまの弟が『非業の死』を遂げており・・・その真相がなんとも悲し過ぎると話題になっています。
今回は、そんな明石家さんまの弟の『他界理由』について徹底調査して行きたいと思います。更に、知られざる『生い立ち』についても深掘りしていきます。
では、張り切って見ていきましょう!!
Contents
明石家さんまの弟の死因は『自死』だった可能性濃厚?
明石家さんまの弟が他界した理由について調査してみると・・・『自死』であった可能性が浮上しました。
そのように言われている理由について徹底的に深掘りして行きましょう!!
実家が全焼し弟は他界した事が判明!
明石家さんまの弟は、19歳という若さで他界している事が明らかになっています。
亡くなった当時、メディアは騒ぎ立てたそうです・・・。というのも、弟の死が自宅の火事による焼死だったからです。
明石家さんまの弟で、10代で、更に火事による死となれば・・・騒がれるのも致し方ないかもしれません。
当時、明石家さんまは憔悴しきっており・・・芸能界引退を考える程だったと言われています。
『自死』だった可能性が濃厚と警察が発表!?
弟が亡くなった理由が火事だった事に加え・・・更に、明石家さんまを苦しめたのは『自死』だった可能性が濃厚と判断されたからだといいます。
どうやら『焼身自殺』という結論に警察は至ったようです。
検証を重ねた結果、警察から・・・
- 弟の身体に灯油がかけられていた
- 火が上がっても逃げようとした形跡が見当たらない
- 家事が起こった事を家族に知らせなかった
鑑識などは入念に検証を重ねたと思われますので・・・デマを流すとも考えられません・・・。そうなれば、やはり自死であった可能性は否定出来ないのではないでしょうか?
明石家さんまは、弟の死因が『自死』という事を信じていなかったようで・・・
『あいつは自殺するような人間やない・・・もし自殺するほど苦しんでいたら、ぼくにひとこと相談したはずや・・・』
このように語り・・・弟に対するやるせない気持ちを吐露しました。
自死した理由は『家業を継ぎたくなかった』からと判明!?
では、なぜ弟は自ら命を絶ってしまったのでしょうか?その点について調査してみると・・・『家業』が関係している事が明らかになりました。
明石家さんまの実家は、工場を経営しており弟は高校卒業後、実家の手伝いをしていたようです。
将来的には、弟が家業を継ぐ事が決まっており・・・その境遇に対して、家業を継ぎたくないと周囲に漏らしていたといわれています。
自死に至った理由に直結しているかは不明ですが・・・少なからず弟にとっては負担だったのではないでしょうか?独りで悩み続ける事で、心が病んでしまい自ら命を絶ったのかもしれません。
現代で言えば、鬱病だった可能性もあります。きちんと医者に見てもらえれば悲しい結末を回避できたかもしれません・・・。時代が違えば、もしかすると助かっていた命だったのではないでしょうか?
弟の死を受けて明石家さんまは茫然自失!張り裂けそうな切ない気持ちを吐露!?
明石家さんまは、弟の告別式では必死に涙を堪え・・・口をへの字にしながら耐え続けたといいます・・・。
時が流れ、弟の事について明石家さんまは・・・
- 明石家さんまの事をずっと尊敬していた
- 明石家さんまの言う事は全て正しいと思っていた
- 誰に対しても素直にさらけ出せる強さを持っていた
- サッカーが得意でインターハイにも出場した経験がある
弟の事を心から愛していた事が伝わってきますね・・・(泣)
弟の死を乗り越えるきっかけは『オール巨人』が関係している!?
弟の死に打ちひしがれていた明石家さんまを立ち直らせるのに一役買ったのが、同期の『オール巨人』でした。
とあるお笑いライブでオール巨人は明石家さんまに対して・・・
『お前んち弟焼いたらしいな!』
とんでもない発言をしましたが明石家さんまは、それを笑いに転化させ・・・
『なんてこというんや!材木の代わりに焼いたんや!』
この一言で笑いに変えました・・・。
捉え方によっては心を更に傷付けるような言葉ですが・・・オール巨人なりの『エール』でした。
2人の深い関係性があるからこそ、成立する笑いだったのかもしれません。
悲しい出来事さえも笑いに変えなければならないのは辛い事ですが・・・明石家さんまの懐の深さを改めて感じざるを得ません。
明石家さんまの家族構成と悲し過ぎる幼少期が発覚!
弟の死について詳しく見てきましたが・・・明石家さんまの家族構成と悲し過ぎる幼少期も話題になっています・・・。その点についても詳しく見て行きましょう。
明石家さんまの実家は、『サンマの加工業』を営んでおり・・・そこから『明石家さんま』の芸名が付けられたと言われています。
家族構成は、両親と6歳年上の兄の4人家族でしたが・・・明石家さんまが3歳の頃に母親が病気で亡くなってしまいました・・・。
男手1つで2人の息子を育てていましたが・・・明石家さんまが小学生の頃に父親が従姉妹の女性と結婚しました。
お互いに再婚で、継母には明石家さんまより8歳年下の息子がいたようです。それが他界してしまった弟だったと考えられます。
継母は実の息子がいた事もあり・・・明石家さんまや兄の事をあまり可愛がる事がなかったようで・・・明石家さんまは、どうにかして愛されるように日々、面白い事をして喜ばれようと努めていたといいます。
継母は、隣の部屋で酒を飲んでいる時に・・・『うちの子は、この子(弟)だけや・・・』と話しているのを、壁伝いに明石家さんまと兄は聞いてしまったようで・・・2段ベッドで2人で泣いたそうです・・・。
とても悲しい幼少期ですね・・・トラウマになってしまってもしかたないような状況ですが・・・弟を可愛がっていた明石家さんまも、本当に懐が深いと感じます。
そんな経験をしたからでしょうか・・・大竹しのぶの連れ子であった二千翔の事を実の息子のように可愛がり、実の娘のIMALU以上に優先にしていたそうです。
そんな関係性もあり、現在も明石家さんまの事を『ボス』と呼び、仲が良いそうです。
明石家さんまは、とんでもない悲しい経験を沢山していますが、その数の分だけ人として優しさと深みを増しているのかもしれません。
そんな人間性だからこそ、お笑い芸人として一線を走り続けられるのかもしれません。今後も底抜けに明るい明石家さんまで活躍し続けてほしいと感じます。
まとめ
・明石家さんまの弟は実家が家事になり焼死した事が判明!!検証の結果、弟の死因は『自死』であったと判断された。家業を継ぎたくなかったという思いが自死に至ってしまった原因と考えられる。
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